隣の席の、、



  月曜日。


  都会的って必要なのだろうか、

  都会的は偉いのだろうか、

  都会的は清潔なのだろうか、


  なんでもない日記です。。


  〜


  土日で、、山に行ってきた。(また!?)

  山は曇って、

  山は雷鳴って、

  そして山は晴れた、


  歩いていると、歩いていくと、
 
  いろんな所で、いろんな山が見えてきて、

  その度にドキドキして、嬉しくなって、

  恋をしている様だった、、


  〜〜

  
  でも、

  「山に登っている意味」というと、

  それは人それぞれだけど、


  niizにとって山に登ってる意味は、

  「山に居る瞬間」にしかないのだと、思う。
    

  今家にいて、もう山にいなくて、

  いくら山のことを思い出したり、

  語ったり、写真を観たりしても、

  (またフィルムなので、まだ現像されてませんが、)

  もう山には居なくて、山の空気も漂っていない。


  だから、 また山に行くのだろう。


  電話やメールだけでは我慢できなくなる、

  あの若い頃の恋のように、、


  〜


  もし、昔だったら、

  写真も映像も発展していない昔だったら、

  山はもっと素敵な場所だったろう。

  もちろんそれだけ怖い場所でもあったろうけど、


  niiz、山に行ってよく思う。

  「こんな素敵な場所、こんなすごい景色を自分が始めて見つけたら、

   絶対誰にも教えないだろう。」と。


  いや、、大切な人だけには教えてあげて、連れて行ってあげたいな。。

  その為には、歩きやすい道を探しておかないと、、

  路の途中にも、いい感じに開けた休憩場所も用意しておいてあげたいな、、

  泊営する場所はあの池のほとりがいいだろう、、


  登山道が通されたいきさつは、いろいろあるだろうけど、
  
  もしかしたらこんな風な理由で出来た路も、あるかもしれない。


  恋路、、


  〜


  去年の夏に登った山に登った。

  去年、嵐の中を半べそで歩いた路を、快晴無風の中歩いた。


  なんでか喉にぐっときた。


  「ああ、去年はこのハイマツのかげで、

   風雨を避けてうずくまって、柿ピーをむさぼっていたっけな、、」



  山に行ったら晴れて欲しい、

  だけど、そううまくはいかない、

  だからこその、山なのだと思う。


  山は人生っぽい。かな。

  
  ただ、山から帰ってくると、楽しいことしか覚えていない。

  人生は、、、

  恋は、、


      
        


                  〜*〜*〜*〜